小説 | ナノ


▼ 影山と隣人

「ねぇ、何回も言ってるけど靴下リビングで脱がないで洗濯機に入れてって言ってるよね?」
「あー、悪ぃ」
「ちょっと!悪いと思ってるならそこに落ちてる服持ってきて!」

一線を超えてしまったあの後、特に甘い空気になることもなくわたしは影山さんの腕の中、ではなく普通に自分の部屋で寝た。翌日ポストを開けると影山さんの連絡先だけ書かれた紙が入っていて、そこから奇妙な関係が始まった。もちろん付き合ってはないし、恋愛的に影山さんのことを好きかと問われると正直ノーだ。だってあの人...こんなことファンの人に言ったら怒られそうだけど、顔以外は特に彼氏としての取り柄がない。生活能力は皆無だし、バレー以外のことに興味なさすぎる。まあ、セックスは相性良いけど。セフレ兼家政婦みたいな立ち位置でわたしは影山さんから突如渡された合鍵を使って今日も掃除洗濯をしていた。まじで金取るぞ。

ー今から帰る

とだけ書かれた簡素なLINEにわたしも「了解」とだけ返事をして自分の部屋で作った食事を隣の部屋に運んだ。影山さんと仲良くなってから自分の仕事がかなり落ち着き、自炊にハマってしまったのも良くなかったと思う。影山さんは基本的に何でも美味しいともぐもぐ食べてくれるので嬉しくなってしまってついつい作って振る舞ってしまう。それが当たり前のことになりつつ、今日だってこれは多分帰ったら飯食わせろってことなんだろうと思うし都合のいい隣人だなと自覚はあるが、まあ顔が良いからいっか。と、人として割と最悪な思考回路で解決させてしまっていた。

先に部屋で食事の準備をしていると鍵の音が聞こえて影山さんが帰ってくる。出迎え、なんて可愛いことはせずリビングから「おかえりー」と声をかけると「来てたんすね」と返事をしながら重たそうな荷物を抱えてリビングに入ってくる。

そして冒頭に戻り、わたしは影山さんから洗濯物を受け取って洗濯機に放り込みながら、なんでわたしがこんなことを...!とイライラしつつも洗濯を回していく。影山さんは空気を読めないこともここ何ヶ月の交流でわかっていたので、嫌なことは嫌だとハッキリ言う以外になかった。

「今日、飯なに?」
「麻婆豆腐」
「美味そう」
「食べ終わったらお皿廊下に出しといてくれます?」
「え?一緒に食わねぇんすか?」

捨てられた子犬のように可愛い顔をしてくる影山さんがあまりにも可愛くて、さっきまでイライラしていた気持ちがいっきに浄化されて自分のチョロさにため息が出る。

「じゃあ、食べる」
「名前の好きそうな酒買ってきた」
「え?!嬉しい!ありがとうございます〜!!」

思わず笑顔になり影山さんからお酒を受け取り喜ぶと、影山さんも笑ってわたしの頭を撫でる。あ、ずるい。胸きゅんしてしまうわたしと、必死に冷静を装うわたしが全面戦争していて変な顔になりそうだった。

今日も少し多く作りすぎたかな?と思っていたが影山さんはぺろっと平らげてくれて作りがいがあるな、と空いた皿を洗っていく。シャワーを浴びた影山さんが冷蔵庫から飲み物を取り出し、洗い物中のわたしを後ろから不意に抱きしめてくる。わたしは驚きすぎて肩にぎゅ、と力が入り洗っていた皿を落としてしまう。

「驚きすぎだろ」
「いや、びっくりしますよ」

しばらく後ろから抱きついたまま動かない影山さんをとりあえず無視して洗い物を終えて、手を拭くと名前を呼ばれるので振り返る。

「か、顔が」
「あ?」
「近い、離れて」
「一緒に、住みませんか?コラ」

影山さんの発言がいまいち理解できず、ぽかんと口を開けたまま固まっていると「変な顔」とからかわれるがそれどころでは、ない。

「セフレ、じゃ、?え?」
「セフレ...?は?」
「、いや...その」

(あー、やってしまった)

影山さんの顔をもう一度見返す勇気がなかったが、あまりにも無言が長すぎて意を決して見上げるとそれはそれは、まじでめちゃくちゃ怒った顔をしていた。

「いや!だって!言われてない!」
「あ?」

ジリジリとリビングに追い立てられて、ぽすんとソファに座らされる。逃がさない、とでも言うように影山さんの長い腕がわたしの体をしっかりと抱きしめてきていて、正直少し痛い。

「す、好きって!付き合ってって言われてない!」
「...確かに」
「そもそも影山さんわたしのこと好きなんですか?!都合いいから一緒にいたいだけじゃないんですか?」
「好きっすけど。普通に」
「あ、ソウデスカ...普通に...えっ、いつから」

あまりにも驚くことの連続すぎて、わたしはもう一刻も早く自分の部屋に帰りたかった。そんな考えも影山さんにバレているのか、どんどん強くなっていく腕の力に苦しくなる。

「俺、1人じゃ何も出来ないってよく言われる」
「知ってます」
「だいたい元カノもなんでこんな事も出来ないの?って呆れて振られてきたんすけど」

思わず笑ってしまうと、影山さんはむすっとしながらわたしの体を持ち上げ今度は自分の足の間に座らせる。本格的に捕獲されてしまい、動けなくなってしまった。

「名前は俺が何かしたらすげぇ怒るけど、呆れねぇし。ちゃんと正面から言ってくれるから好きだ。あと」
「ん?」
「バレーに興味ねぇから、落ち着く」
「ぎゃ、逆に?」
「いやバレーにはもうちょっと興味持てよって思うけど、俺のこと1人の人間として接してくれるから」

そんな風に思ってくれてたんだ...!と影山さんの腕の中でニヤついてしまう。まあ、元カノ達もバレー選手の影山さんが好きだったって話は前酔った時にしていたし、唯一わたしだけがバレーをしてる影山さんを見た事ないって言ってたけどそういうことか、と1人で納得した。世界にとってはバレーボール日本代表の影山さんもわたしにとっては隣人の生活能力の低いただの影山さんで。ずっと張り詰めてるものがわたしといる時だけ緩めることが出来るなら、それは、かなり嬉しいことでもある。

「でも俺の勘違いなんだろ?」
「、え?」
「名前は俺のこと好きだと思ってたけどちげぇんだろ?」
「ちが、くはないけど、そうとも言い切れないと言うか...」
「ハッキリ言えよ」
「一緒に住むのは、影山さんがリビングで靴下脱がなくなったら...考えます」
「じゃ、付き合うってことでいいよな?」

え、いいのか?わたしさっきまで影山さんを彼氏にするメリットないとかうんたらかんたら言ってなかった?わたしが返事をしないことが気に食わないのか、無理矢理顔を影山さんの方にむかされ「好きだ、付き合え」と言ってくる。顔が、めちゃくちゃに良い...!わたしはきっとこの先も影山さんのこの顔に何か言われたら従ってしまうし、どれだけイライラしても許しちゃうし、多分この人に好かれてるんだとわかってしまった今、すぐ好きになる。

「よろしくお願いします...」
「今日泊まれよ」
「いや、帰りますよ...隣だし...」
「セフレじゃなくて、彼女なんだから泊まれって」
「う、あ、ハイ」

その日の夜は今まで以上に甘やかされてしまい、なんだか夢見心地な気分だった。朝目が覚めても影山さんは隣にいたし起きたらめちゃくちゃ腰が痛かったので夢ではなかったんだけど。隣で寝てる影山さんの寝顔があまりにも無防備で子供っぽくて、愛おしいなと思ってしまっている自分に驚いた。

そしてそれから更に月日は経ったのだが、まだ一緒には住んでない。理由は明白で、今日も靴下を拾ってわたしは激怒する。

「飛雄!これ、何?」
「...悪ぃ」
「謝って済むなら警察いらないよね?!そんで靴下カゴに入れる時は伸ばしてから入れてって言ってるじゃん!なんでクルクルしたまま入れんの?意味わかんない」
「気をつける」
「もう!いつまでもこんなんだったら一緒に住まないからね?!」

イライラしながらバン、と洗濯機の蓋を閉めると申し訳なさそうに飛雄が洗面所にやってきてわたしの様子を伺っている。今日こそは、絶対に、許さない!そう思っていても飛雄の顔を見るだけでわたしは今日も明日も、きっとこの先も何度だって許してしまうのだった。



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